第232首 聴こうとしなければ聴こえない

第四試合。千早に視線を囚われ、若宮は慄く。

あ もうちがう もうちがう うちを 手の届く人間やと思うとる 冗談やない

若宮母は心配する。前年に負けた時は札を数えることも出来なかったのが、先の試合でちゃんと数えていたので、成長したと思っていたのに。そう聞いたこころの母は不思議そう。

「それちゃんと言うたったですか? 言うてやらんとわからへんですよ 子供なんやから」

若宮は畳に並んだ札をどう取るかをイメージ。千早は畳に「ちは」が無いのを確認。新は念入りに素振り。傍に置いていた「ちはや」の襷は、一旦手に取って目礼しただけで、元の位置に戻した。

この試合では最初から配置を変えてある周防。練習に付き合っていた須藤は、理由を聞いてあった。

「網膜の病気で サングラスをして悪化しないようにってしてるけど 進んでる 見えない範囲が広がってる 多分そのうち見えなくなるから 名人戦は 最後」

山城今日子読手による序歌で試合が始まった。二回戦の時より、ふくよかで、響きもリズムも良い。空札が続く中で出た「め」は、若宮陣にあり刹那の差。千早は主張もせず、若宮の取りとなった。若宮は鬼の形相で、千早の心中を量る。

目が言うてる 次こそ超えていく

周防は軽やかな取り。内側に並べた分だけ加速は出来ないが、須藤との練習でもそんな調子であった。


須藤は須藤なりに、病気の症状や点字かるたなどについて調べていた。あまりにも熱心な須藤に、周防が優しく笑った。

「須藤くんは… 名人になりたいんだろう? それで かるた協会会長にもなりたいんだろう? いいね なれるよ 君ならなれる」

山城読手は引退するので、人生最後の読み。

専任読手は 読みに「色」がついてはいけない 安定して 同じ音は いつも同じ音でなければならない それが大事とわかっているけど 札に かるたに捧げた日々が乗ってしまう

周防が内側に札を並べるようになったので、その練習をしていなかった新は苦戦。若宮もいつものスピードで手が出せず、千早に対して苦戦。襷が解けて余計苛々していると、札の神様の女性陣が現れた。

なんや あんた いま気がついたの 女子がこんな揃うこと なかなかないのに ふふふ 見ようとしいひんと 見えてきいひんのね あんただって

若宮は客席の母に目をやる。母は祖母に、春になったら家を出ると告げた。が、生活費をどうするのかと捲し立てられ、現実味がないと、祖母にあっさり却下された。そんな母について、お手伝いさんが話したのだった。

「若奥様は器用な方やあらしません いつも言葉がたりません 聴こうとせな 聴こえんのです 思ってることが」

若宮の私室のラグの下には、祖母がマジックで線を引いた畳が敷かれていた。母に頼まれて移したと言う。


若宮は鋭く札を取る。

聴こうとしなければ 聴こえない 声は 思いは

周防は、須藤に話をした後、須藤が泣き出したことを思い返していた。

聴こうとしなければ 聴こえない 自分の気持ちさえ 

辞めないで、見えなくてもかるたの世界にいてくれ、と須藤は涙ながらに伝えたのだった。

その強さを与えられて 奪われて それでもここにいてほしいなんて

memo

第四試合開始。詩暢は最低二枚は取れているが、新は初っ端から連取され続けている。以前から何度か問題呈示されていたが、相手が新しい面を出して来たら対応出来るのか。試合中に解決策は見いだせるのだろうか。須藤は普段の言動と違い、北央の後輩にもそうだし、千早に指導もしていたし、面倒見のいい男だ。

扉絵に、持ち帰った筈の枕が手元になくて驚愕している千歳。冒頭、紅葉があしらわれた背景で、千早が袴の蝶の刺繍に手をやる。

読まれた札は「ありあけの」「あさじうの」「おおけなく」「きみがため・は」「めぐりあいて」「つきみれば」「おぐらやま」。

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