第231首 おれのかるたが借り物だってことが

三試合目を負けて終えた新は、千早から目を逸らしたまま立ち去る。

おれがじいちゃんのかるたを 壊してしまったら わかってしまう おれのかるたが 借り物だってことが

千早の控室では、あのクイーンを負かした、と皆が大盛り上がり。

私が倒した 詩暢ちゃんを 最高の憧れを クイーンに手をかけた もう戻れない もう引き返せない あれは 今度は私が一人で あの荒野に 立つっていうこと―― あと2勝

いつもならば倒れ込んで寝る千早なのに、緊張が解けず休めていない状態を心配する大江達。千早母が声を掛け、縛っていた髪を解き、マッサージを始める。

「よしよし よしよし 寝ないなんて強くなったってことでしょ 頭がガチガチよ 緊張で」

千早は大きく息を吐いてみる。


兼子はロビーで点字かるたの勧誘を受けていた。

「…… 久志 あんた 目が見えにくいんやろう? うちと同じに…やろうか…?」

病院では「原因の半分は遺伝性」と聞いていたが、周防は鼻で笑って否定。

「兼子ちゃんに関係なかばい 関係あるとすりゃ 父ちゃんのほうやなかと どっかで失明しとーかもな 知らんばってん」

若宮は控室に戻り、着物の袖を引きちぎろうとする。

「この着物が…っ やたら重いさかい… 袖長居さかい 動きが悪なんねん こないな着物…」

そこで若宮のポーチから、以前千早がハンカチを繋ぎ合わせて作った即席の襷が出て来た。勧める周囲に「使わへんわ」と怒鳴り返す若宮。千早が約束通りにクイーン戦の挑戦者にまで上り詰めて来たら、札の神様が消えてしまったのだ。

うちはずっと一人でも 独りやなかったのに 独りやなかったのに

若宮母は自らの鞄から襷を取り出す。母は何の役にも立たない、と娘に罵られたが。

「詩暢 この襷 おばあちゃんから」

試合に向かうべく立ち去る周防に、兼子が「あいみての」の歌を諳んじる。驚く周防に、兼子は昔の話をする。

「あんた うちに来た頃 夜中に何度も徘徊して 寝ぼけとーんか起きとーんかわからん状態で ずっと震えとったけど 飴湯飲ませながら 百人一首ば聞かせたら 大人しゅうなったんばい」

百人一首は学生時代に教わったという。

「今日初めて京都に来られて 初めて百人一首ん地なんやってワクワクして こん歳でも新しゅうてワクワクすることができるんね あん目ん 大きな子に感謝せんば」

目の大きな子とは、太一のことだ。周防は太一に諭したことがある。

君は 君も 持ってるものを無視しすぎだ

新は大丈夫大丈夫と自らに言い聞かせながら、控室を出る。千早が部屋の外にいた。

「遅いよ 新 大丈夫?」

口元を強張らせながら、大丈夫大丈夫、と返そうとした新だが。

「なんてね 大丈夫?って 大丈夫って言うしかないから 苦手だよ」

そう言って、千早は自身の襷を解く。「ちはや」と刺繍された襷を、新に黙って差し出した。

解く 解く 解いて また結ぶよ 新

若宮は母に襷を結んで貰う。

なんておかんは わかり切った嘘をつくんやろ おばあちゃんが襷やら作るはずあらへん

家のお手伝いさんは、若宮母について「言葉が足りない」と評していた。

言葉が足りんて なんなんや 言わんとわからんわ 言わんから 八つ当たりしてしまうわ 八つ当たりする相手 お母さんしかおらんから

浦安の間の入口には、整然と並べられた靴。西田と駒野にGJを送り、千早は次の試合へ向かう。原田先生も見守る。

どれだけ思えるか 自分が人の応援に足る選手であると 追い風を受け切って 近江の神様に ここにいていいと言われるのは 自分だと

memo

第三試合と第四試合のインターバル。大荒れの詩暢に、強張りが取れない新。兼子が百人一首に親しんでいたという話は唐突に思える。第129首で周防が「あいみての」を大学の先輩から教えて貰ったと回想しているが、昔何処かで聞いたことがある歌のような、と考える素振りでもあれば納得出来るのに。それもちょっと陳腐か。

序盤で千早が荒野を想像する場面で、千早が詩暢の着物の袖を引っ張るが、地面に転がったのは詩暢の本体がない着物だけの抜け殻? その後の現実場面では、詩暢が自分で袖を引きちぎろうとしている。新は「借り物」で、詩暢は「抜け殻」。どう読み取れば良いのだろう。

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