第230首 名人位の呪縛

千早が二枚差で勝利し、歓喜に沸く応援団。瑞沢の仲間達が涙まで流して喜ぶ様子に、驚く千早両親。クイーンに勝つことは、千早だけの夢ではないのだった。

若宮は厳しい表情で引き揚げ、控室に入るなり倒れ込む。千早が崇徳院を従えて札を引き上げる心象風景が浮かぶ。決着後、千早は小さく「1勝」と呟いていた。若宮は母に「たった1敗やないの」と声を掛けられ、母を突き飛ばす。

「ああ 堪忍な お母さん なにの役にも立たんのやから 八つ当たりくらいしてもええかと思ってもうた」

結川が咎めたが、若宮の手が震えている。

読まれない「ババ」札をよく当てる今田の見立てでは、「せ」が読まれたかは分からないが、若宮は最後の3枚になったところで一瞬集中力が切れ、千早は「せ」を絶対取ろうと送りつつ、いつでも行ける状態で力を抜いていた。


福井県あわら市。由宇が無人の綿谷家に入ると、新母が試合会場に持って行く筈だった祖父の写真立てが仏壇に残されたまま。その写真と共に、名人の賞状やトロフィーが飾られた部屋で試合動画を見始める。由宇は地元の看護学校、新は東京の大学にと、進学が決まっている。

自分で選んだのに 不満はないのに あほみたいだな 置いてかれるみたいな気持ち

新はあと七枚で、名人が一枚。空札の「ちぎりきな」が読まれるが、畳に一枚しかない「ち」の反応で、新は周防より反応が遅い。次に読まれた空札の「ちはやぶる」で、新は「ちぎりおきし」をお手付き。三試合目は周防の勝利と決まる。

解説の伊勢が、新について言及する。

「ここまで来て この席で 頭をよぎらない者などいません 『あと一勝したら 名人』 とくに綿谷くんはおじいさんが永世名人で ものすごく身近に感じてきた 手が届くことを疑わないできた 手が届いてしまうんですよ 『名人位の呪縛』にも」

新が項垂れ、顔を上げると凛とした表情の千早が視界に入った。

顔がちがう 詩暢ちゃんに 詩暢ちゃんに勝って 超えてきた

すぐに顔を背けるが、それは第一試合終了後に千早が新に対して取ったのと同じ仕草。互いにそうと気付き、千早が新の後を追う。

「千早 おめでと 勝ったんやな 千早 すごいよ 見たかった」

千早も遠慮がちに答える。

「あ 新が 新が励ましてくれたから…」

新は「自分のかるたをしろ」と、「みずさわファイト」のコールを思い返す。

たぶん 詩暢ちゃんはここで終わらせようとした ゴールと見据えてしまって 千早の粘りに焦った 千早はきっと繋ごうとした 慌てず焦らず 僅差でいい 勝ちきろうと 瑞沢のキャプテンならそうする チームのためにそうする

新は自問自答。名人の孫だから、再来だ、楽しみだ、名人のかるたそのもの、という周囲の声を聞かされ続けて来た。しかし。

おれのかるたはどこにある? ハンデを超えていく周防名人のあの強さ 札が消えていく名人のかるた じいちゃんのかるたで歯が立たんのなら どうしたらいい? おれがじいちゃんのかるたを壊してしまったら

心配そうに見る千早に「大丈夫」と言って立ち去る新だが、新陣営は深刻な表情。

わかってたのに 周防名人の本当の強さに触れたら かるたを続けたくなるくらいのショックがある わかってたのにみんなして 新は特別やと 新なら大丈夫なんじゃないかと 勝手に思てたんや

由宇は写真と共に、電車に乗る。

memo

新の第三試合は敗戦。よりによって「ちは」でお手付きし、千早と明暗が分かれる。新の独白にある「瑞沢のキャプテンならそうする」は、第149首で千早が東京都予選を戦っていた時の「丁寧に勝ち急がない、大差勝ちに意味はない、そばで戦い続ける、だってきっと太一ならそうする」と重なる。勿論、新はそれを知る由もないのに。

読まれた札は「ちぎりきな」と「ちはやぶる」。

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