第227首 百花に先駆けて

新からの「するぞ3勝」で、千早や大江達は太一からの同じ言葉を思い浮かべていた。その前を若宮が通り掛かるが、千早が押し退け気味で先に浦安の間に入る。クイーンを従えてという構図に、若宮母子は不快な表情。

新は太一から届いたメールを読む。

新が気づいてるかわからないけど 周防さんにはハンデがあって

それが新祖父が、かつて話したことと重なる。

「彼は自陣の外側が苦手なのか ミスをしがちだ」

周防の後ろ姿を目で追う新を、新父が見る。

新を 新の顔にした

三試合目の読手は九頭竜。「難波津」は梅を詠んだ序歌だが、桜が心の中に咲いてしまうと、山城は話す。九頭竜にもそれが理解出来た。

今日子さん あなたは桜の花だから 競技かるた界という 九重に咲く八重桜だから

小学生からスターだった山城と、高校を卒業してから始めた九頭竜との共通点は、歳が同じなだけ。極度の寒がりな九頭竜は、いつも着膨れしているせいもあって勝てない。読手を勧めたのは山城だった。

音が深くて 好きよ あなたの読み

山城以外からは癖が強いと評判はあまり良くないが、読み続けた。

読手をしたことがない人には きっとわからない 発した声が「届く」のではなく 選手という名の達人に 内側にはいりこんでつかまれる感覚 音になるまえに絡めとられる快感

若宮の着物は、若宮母曰く、祖母のこだわりで梅の柄の総絞り。

「なんて言うとったか 『梅は百花の魁』っちゅうねんて」

周囲の重鎮達は、二勝済みで上り調子の若宮を有利と囁いている。若宮も不敵の笑み。そんな中、千早は畳に視線を落とし、片手を耳に当てて、何かを聞いているような体勢。他の者には分からないが、千早は九頭竜の読みの音源を思い浮かべているところだ。


九頭竜は結婚後も仕事と読手を続けていたが、夫が脳内出血で倒れ、自宅介護となる。周防が読みを録音させて欲しいと訪ねて来たのも、その頃だ。以来、十年ぶりに読手として現れた九頭竜を知らない者も多いし、九頭竜が見る選手も新しい顔ばかり。

難波津の歌は三十一音しかないのに、七音を繰り返す。繰り返し繋いで行く世界に戻って来た九頭竜の読みに、皆聞き惚れる。序歌から一枚目の札までの読みがスムーズで、若宮も観衆も戸惑った中、三試合目最初の札を取ったのは千早。落ち着いている。

『勝たなきゃ』が消えた エースの番だ わたしが繋ぐよ

九頭竜も「あらざらん」の札を手に、夫を思い浮かべる。

40年かるたに浸かり 10年あんたのそばで寄り添うた そないな比率でよかったら また繰り返したい

この試合で終わらせたい若宮と、次に繋げたい千早。挑戦者の追い上げを、観衆が見入っている。


若宮祖母は着物について「詩暢にぴったり」と話していた。

百花に先駆けて 春 もっとも早く咲く
詩暢は先駆けや 心が躍るな だれより早く咲いて 優れた人物の出てくる時代を作るんや

memo

九頭竜の人生を振り返る回。詩暢のような京女のいけずというか皮肉多めながらも、それを認めてくれていた穏やかな夫。娘は子供時分こそ「また大会?」と不機嫌だったのが、介護が始まってからは「行かなくていいの?」と心配。かるたに無理解な周囲に時間を奪われていた、という有りがちな展開では無かった。かるたの世界に戻って来て、そんな家族を思いながら、徐々に皮肉全開になって行く流れがいいね。

読手の感覚については、須藤が初めて読手として登場した試合の第60首にて「おれの声が届いてるんじゃない、つかまれる」と同じようなことを独白している。

登場した札は一枚目の「おくやまに」、その対比として「おぐらやま」、そして「あらざらん」。

prev

第226首 いちばん強くなる土俵

next