第226首 いちばん強くなる土俵

涙を拭いながら会場を出て行った千早を、新は試合の手を止めて見送る。

千早…… 2敗…… 詩暢ちゃん相手に もう後がない 千早 千早……

周防に「あわじしま」「うらみわび」と二連取され、一枚差にまで追い付かれるが、頭の中で祖父が勇気づけてくれる。

大丈夫 彼は自陣の外側が苦手なのか ミスをしがちだ 押さえ手でくる 大丈夫 取れる

次の「ありあけの」を囲い手でうまく取り、二枚差で新が勝利した。


札を引き上げて会場から出て外を見ると、雪が降る中で裸足のまましゃがみ込んで泣いている千早がいた。新が千早を肩に担ぎ、千早が驚く間に、札を取り落とす。

「新… 勝ったの? すごい おめでとう…… すごい…」

しかし、千早の涙は止まらなくなる。

「や… やっぱり ダメなのかなぁ~~? わ 私じゃ 勝てないのかなぁ~~」

駆け付けた大江と田丸に連れられ、千早は控室に戻って行く。


新は千早を担いだ感覚を回想。

重いのか軽いのか よくわからんかった あのよくわからん重さに 千早の努力が全部はいってるんや 時間が 涙が

千早が若宮に勝ち、その後で自分が周防に勝つと、前に千早に伝えた。

あの言葉はうそじゃない どうやったら どうやったら 伝えられる?

地面に落とした札を拾いながら、「せをはやみ」の札に見入る。

おれだけが知ってる 千早のかるたの始まりの一枚を おれだけが 一番強い瞬間の千早を知ってる――

それは小学生の時にアパートでの初めてのかるたと、高校選手権団体戦で対戦した時の千早。


周防の控室。兼子は顔を見せて欲しいと手を伸ばすが、周防に払い退けられる。

「かるた やっとーん見とって 思うたばってん あんた もしかして 目……」

そこで周防が、何故ここにいるのかと、大きな声で遮る。

「あんたんファンの人が 大村まで来てくれて そうそう 格安チケット取ってくれて」

控室に戻った千早は、原田先生の説教を受けていた。

「小さなミスを重ねた末の 2敗だ いろいろ謎な札の動かし方をして きみ自身の暗記リソースを 使い果たしてしまってるんじゃないか 敵陣左と 自陣左を 徹底的に意識するなんて これまでやってきたことと真逆!」

そして若宮についての感想も付け加える。

「若宮さんはイライラしたり笑ったり…… なんだろうな あれは そう…… メガネくんと試合してるときみたいだったな きみの『新しい攻めがるた』も まちがいじゃないんだろうな」

新の控室では、由宇差し入れの菓子を父が頬張っていた。新にメールが届いている。

「男の子 真島太一って」

試合会場へと歩き掛けていた新が、名前を聞いて振り向く。通りすがりの千早も目を向ける。千早は自身のスマホを確認するが、何も届いていない。その様子を見ていた新に、千早は顔を背けて立ち去る。

あと一勝で名人位。集中する新だが、千早が高校選手権の時、太一について話した言葉を浮かべていた。

うん 辞めちゃっていないんだ でも 気配は感じるの

新は千早の手首を向かむ。

「千早は千早の いちばん強くなる土俵に行かなあかん」

戸惑う千早に、新が「み」と声を上げた。それは太一が発する「み」。周囲にいた駒野が「ず」、西田が「さ」、大江の「わ」と続けて瑞沢、千早が「ファイト…」で締める。

「おれが高校選手権で負けたのは 瑞沢の主将や だれだって言う だれだって大事だってわかってる でもやっぱりこれなんや 自分のかるたをしろ」

千早が思い返すのは、高校二年での団体決勝戦。新が発破をかける。

「するぞ 3勝」

memo

二試合目が終わった後、それぞれの控室。名人相手に二連勝と順風満帆な新だが、他人(千早)を気にする様子を、新陣営が気に留めている。第4巻第23話で新がかるたを再開するきっかけを作った吉岡先生も、当時伝えた「きみのかるたは綿谷先生そっくり」」という言葉と共に考え込んでいる。

最後の「するぞ3勝」は、第15巻第81話、高校二年時の高校選手権決勝戦での太一の台詞「3勝、するぞ」を被せて来た。あの日の新は別室に隔離されていたため、その台詞も聞いていないし、瑞沢コールの「み」が太一担当だとも知らない筈。

新が千早を担ぐという濃厚接触ぶりが描かれているが、抱き上げるでもなく、荷物のように肩に担いでいるだけ。力持ちだなと感心w この名人戦前夜の第42巻第216話では「抱きしめたい」と考えていたので前進しているものの、身体の重みから時の流れと、一番強い千早から千早が想う太一を連想した上、太一の代わりまで務めてしまうのはどうなんだろう。

試合で詠まれた札は「あわじしま」「うらみわび」「ありあけの」。回想絡みで「せをはやみ」が再び登場。