第213首 おれらの最初の夢をかなえよう

荒野に立ち尽くす千早。若宮が新に勝利した後、新が笑顔で若宮に手を伸ばす場面を、千早は想像していた。しかし、実際は違った。負けた新は怒りの形相で、帰りの電車内でもずっと悔しがっていたのだった。試合内容を振り返り、反省する。

ものすごいスピードで手を寄せられた あれは詩暢ちゃんの狙い澄ました作戦やった 次やられたら どう対処する? 目に入ってくる角度で わざとやってくる手の動き

自転車を漕ぐ新の前方に、祖父が現れた。その姿が周防に摩り替わる。最強の名人、怖い怖いかるた、札が消えていく。そんな言葉を思い浮べた新だが。

ちがう それは じいちゃんのかるたのことや 周防さんやない

戦い易い相手、即ち詩暢に逃げている場合か。と、周防の幻影が消える。

暗くて 静かで 飲まれそうや 自分の影に 自分が踏み込もうとしてる 名人位の影に

年が明けて元旦。綾瀬邸に千早の取材カメラが入る。すっかり忘れていた千早は、既にキャリーバッグに詰めていた袴を慌てて取り出して着替える。化粧もばっちりの千歳が現れるが、姉妹はSNSの件以来微妙な空気。千歳は能面で、百人一首の読みが毎晩聞こえて来ると文句を言いつつ、一転笑顔。

「もうホント 毎日毎日 がんばっててすごいなーって思います」

違和感に気付く千早。

いつもより高い声 テレビ用の声 喉しか通ってない声 心も胸も通ってなくて――…

千早は耐え切れず、席を外す。

ちがう声が聞こえてくる ”あんたのかるたはどうでもいいのよ”

目の前に広がるのは闇の荒野。千早は集中し、歌番号順に上の句を諳んじる。外は寒いので家に残ると言う千歳を残し、家族で初詣に出掛けることになった。玄関を出ると、瑞沢かるた部の後輩達がいた。

「いまメールしようかと思ってたとこで 初詣行きませんか 一緒に…」
「3年のみなさんは動けないだろうと思って わたしたち 初詣お付き合いしてもいいですか」

花野が太一から頼まれていたのだった。

千早んちは午前中にいつも初詣に行くんだけど、よかったらいっしょに行って励ましてやってくれないかな。

千早はお参りしながら考える。

そうだ 着物用のコートはかなちゃんに相談すればいい 夜眠れないことも机くんに クイーン戦当日なに食べたらいいのかも肉まんくんに 太一 太一にはなにを
神様 奇跡はいりません 私たちみんな 全力がだせますように

同時に疑問を抱く。

私の全力ってなに? 私が一番楽しくかるたしてたのはいつ?

千早が花野の手を取った。

「菫ちゃん お願いがあるの 大盤係やってほしいの」

花野は動揺するが。

「お願い 瑞沢の 私たちが作ったかるた部の後輩にやってほしい………」

千早のその言葉に、花野は田丸の手を取る。

「や やります 田丸と二人でやります」

そこに新から電話が来た。

「あけましておめでとう 千早! 正月にごめんな どうや? 元気?」

感情が高ぶった千早は涙を浮かべ、口が回らない程。

「あ…あら あらら 新… 詩暢ちゃんに負けてたね~~~」

新の返事は軽快だ。

「あー うん そうや こんな時期にな 直近の負けは千早と太一だけにしたかったんやけど」

更に力強く宣言する。

「でも おれ イメージできるで 千早がまず詩暢ちゃんに勝って そのあと おれが周防さんに勝つんや どんな試合も粘り抜こう 今週末には おれらの最初の夢をかなえよう」

memo

皆で初詣の巻。前話で描かれた詩暢が勝利した場面、笑顔で詩暢を撫でようとする新は、千早の妄想だったらしい。今回描かれた通り、実際の新は試合結果に悔しがっていた。千早の妄想は、自身がそうされたいという願望か。でも、作中で二人の試合はもう無さそう。第91首に似たような場面があり、新が発熱した詩暢の額に触れている。また、笑顔で宥める場面といえば、第12首での千早と太一の裏返しかるた戦が思い出される。

他に気になる点を挙げると、新の反省内容は、周防のフェイント対策にも有効か。千歳も仕事で使うとのことで、姉妹のキャリーバッグが並んでいた。クイーン戦の読手は五十嵐、芹沢、牧野の三人。千早から太一への願い事は語られないまま。「神様、奇跡はいりません」は第21首でも千早が近江神宮でそう祈っている。「一番楽しくかるたしてたのはいつ」も既出。

それより何より、大盤係を今頃頼むんかい! 前年、詩暢の大盤係が決まったのも試合前日ではあった。ただ、大盤係が急病の場合はどうするのか。補欠要員が主催者側で用意されるなどして、それが前年の結川だったのだろうか。といった実際の裏事情も描いて欲しかった。

ともあれ、かなちゃんが受験生だし、菫は部と白波会でも後輩だから彼女一択だと、私は考えていた。原田先生から準備に関する説明があっても良いと思うが、千早は白波会に顔を出してすらいない様子。お陰様で勝ちました、という挨拶もしてなさそう。

放っておいても菫や後輩達は応援に来るのだろうが、交通費や宿泊、袴の用意などは誰が手配するのか、そんな費用絡みの問題もありそうなのに、大役を任された菫が不安になるのは分かるが、田丸を引き込むのもどうよ? 菫と後輩の絆の演出か。二人でやる、って一戦ごとに交代するのか、それとも二人で一緒にやるのか。こういったことも、実情に沿って描かれているのか疑問なのだが。

千早が諳んじていた上の句は歌番号順で「あきのたの」「はるすぎて」「あしびきの」「たごのうらに」「おくやまに」「かささぎの」「あまのはら」「わがいおは」、そして「はなのいろは」まで。